コラムコラム


キンイチロウの「いきもの記」 : 記 水野恵太(キンイチロウ)



art-mizuno *此の作文の主役は人を含めた動物、植物を含めた自然界である。
自分は、あくまでキャスタ−。

第一話
「とぶらい番」  

私の住む、ここ瀬戸内海に面した広島県倉橋島の大向地区には「焼き番」と云う制度があります。
焼き番と云うのは、火葬当番の事です。
文字通り、葬儀の準備から火葬までを5人1組の当番でまかない、合計すると7組まであります。
この風習は倉橋の島でも2〜3ケ所しか残っていません。
ここへ来て以来、それが回って来るのが真に恐怖でありました。
タノムから死ぬなよなあ、、といった感じです。


1月27日曇り。午前8時。区内の場内放送が聞こえてきました。
いつもの農事の事とだなあと聞き流していたところ、
「、、、、、さん、、、さん水野惠太さん、◇◇さんがお亡くなりましたので明朝6時に農協の前に集まって下さい。」
来たよ!来た!来た!

人の死に前触れはありません。
朝5時に目が覚めると雨がショボショボ。
ホカロンを入れ、長靴、カッパ姿で行きましたよ。先輩に云われて。
葬式の準備も万事終わった頃、親戚縁者、区内の人々みんなが喪服で集まり、待つこと1時間、来ましたお寺さんが。若いお坊さんです。
我々は表で整列です。一通り終わり、当番は集会所で会食。
お土産を兼ねた特大の折り詰めとお酒がでました。全部食べました。(後で請求書が来た)
さあこれからが出番です。
みんながお別れを済ませた白布のお棺を5人で担ぎ出棺です。
坂道の多い大向の決められたコ−スを一巡し、あとは台車に乗せて焼き場まで引いていきます。
そのあとを喪服姿の親族が行列します。

その頃には雨もすっかり上がり、日がさして小春日和ののどかさです。
私もすっかり殊勝な気持ちになり綱を引いていました。
人里を少し離れた山の中腹にある焼き場は、高い煙突がある小屋で、平たいレンガ造りの炉が一つあります。
入り口に祭られたお地蔵さんが印象的でした。
お棺を炉に入れ、身内の人々が遺品と花を入れます。
そのわきに藁の束を一人一人で入れ、鉄の蓋をします。最後のお別れです。
ここで参列者はいったん引き上げ、明日あらためて骨を拾いに来ます。
当番はいよいよ火入れです。
何年か前までは薪で焼いたそうですが、今は強力なバ−ナ−を使います。
約4時間位かかるそうです。

我々は一旦小屋の外に出て、酒を酌み交わし世間話に花を咲かせ、時間が経つのを待ちます。
そこからは瀬戸の海が一望出来て、雨上がりのキラキラした波のはるか向こうに山口県の大島がうっすらと見えました。
時々、煙突から出るけむりの立ち加減を測り、バ−ナ−の様子を見に行きます。
その都度、中の仏さんの様子を見ます。
頭の方から火を入れる為、下部の方が焼けにくく、経験浅からぬ長老が長い鉄の棒で遺体をずらしたり、返したりします。
その頃にはみんなもかなりお神酒がまわり、気がつくとその辺に一升瓶が二、三本ころがっていました。
四時をまわった頃でしょうか。今まで黒かった煙突の煙りがだんだんと白く細く変わってきました。
「そろそろかのぉ〜」誰かが声をあげました。
ヤッコラさと腰をあげ小屋の中へ。
重い蓋を持ち上げおそるおそる中をのぞきます。
「もうちょっとだのぉ〜」と長老。
それから三十分待って火を落としました。
一同そろって合掌。これで終了という事です。

みんなほっとした顔で来た道を下っていきました。
冬の陽はもう落ち加減でしたが、ちっとも寒くありません。
「今日はウマクやけたのぉ〜、うん、うん。」と誰かが独り言。
「そうじゃ、そうじゃ」と又誰かが。
千鳥足で家路に向かうみんなの後ろ姿はおだやかで、なんだか嬉しそうでした。
長く、不思議な一日の終わりでした。